①被災した個人に対する措置
個人(個人事業主)が被災した場合、税制上の措置としては、主に図表1のものが挙げられます。
図表1 被災した個人に対する措置
(1) |
申告・納付等の期限の延長 |
(2) |
所得税の軽減免除 |
(3) |
事業用資産の災害損失の取扱い |
(4) |
納税の猶予 |
(5) |
予定納税の減額 |
(1)申告納付等の期限の延長
災害その他のやむを得ない理由により、国税の申告、届出、納付等(以下、
「申告等」といいます。)を期限までに行うことが困難な場合には、災害等の
理由がやんだ日から2か月以内の範囲で、その期限が延長されます。
この期限の延長には、国税庁長官が被災した地域を対象に一括して延長
するもの(地域指定)と、納税者からの申請によるもの(個別指定)があります
(図表2参照)。
「災害等の理由がやんだ日」とは、客観的に申告等をするのに差し支えない
程度までになった日をいいます。例えば、災害が引き続き発生するおそれが
なくなり、その復旧に着手できる状態になった日や、交通が途絶していた場合
であれば、交通機関が運行を始めた日等が該当します。
なお、上記の制度に基づいて納期限が延長された場合には、延長された期間
に対応する延滞税は免除されます。
図表2 申告等の期限の延長制度
制 度 |
延長の方法 |
留 意 点 |
地域指定による延長 |
災害による被害が広い地域に及ぶ場合、国税庁長官が地域と期日を指定して告示する。 |
●指定された期日までに申告等を行えばよい。個別に申請する必要はない。
●被災状況により指定された期日までに申告・納付できない場合には、納税者からの申請により災害等の理由がやんだ日から2か月以内に限り、期限を再延長することができる。
●事業所が指定地域内にあっても、納税地が指定地域外である場合には対象とならない。 |
個別指定による延長 |
所轄税務署長に「災害による申告、納付等の期限延長申請書」を提出し、期日の指定を受ける。 |
●地域指定による延長が行われていない場合に利用。
●災害等の理由がやんだ日から相当の期間内(原則として1か月以内)に申請する必要がある。 |
(注)国税庁のシステムが使用不能となった場合等に、国税庁長官が対象者と期日を告示し
て期限を延長する措置もあります(対象者指定)。
(2)所得税の軽減免除
個人が災害により住宅や家財に損害を受けた場合には、雑損控除と
災害減免法による所得税の軽減免除のうち、いずれか有利な方を選択する
ことができます(図表3参照)。
図表3 所得税の全部又は一部軽減の有利選択
雑損控除(所得税法)
↕有利な方を選択
所得税の軽減免除(災害減免法)
①雑損控除
(ア) 制度の概要
資産について災害、盗難、横領による損害が生じた場合には、所得控除の
一つである雑損控除の適用を受けることができます。雑損控除の概要は、
図表4のとおりです。
図表4 雑損控除の概要
対象となる資産 |
(a) 資産の所有者
●納税者本人
●納税者と生計を一にする配偶者その他の親族
⇑
総所得金額等*1≦38万円
(b) 生活に通常必要な資産(事業用資産等を除く)
●住 宅:自宅
●家 財:家具、什器、衣服、書籍、暖房装置等
●車 両:保有目的や使用状況等から、生活に
通常必要な資産と認められるものに
限定(通勤用等)
●現 金:事業用の現金は対象外
●住宅用土地:物理的被害が生じ損失が実現している
場合に限定(地盤沈下し土地が海面下
のまま原状回復できない場合等)
(注) 土地の評価額が下落した場合の評価損は対象外 |
控除の金額 |
次の(a)と(b)のうちいずれか多い方の金額
(a) 差引損失額*2-総所得金額等×10%
(b) 差引損失額のうち災害関連支出*3の金額-5万円 |
繰越控除制度 |
損失額がその年の所得金額から控除しきれない場合には、
翌年以後3年間にわたって繰越控除する
(注)雑損控除は、他の所得控除に先立って控除する。 |
*1 総所得金額等=繰越損失控除後の総所得金額+分離課税の所得金額
*2 差引損失額=損失金額+災害関連支出-保険金等により補てんされる金額
*3 災害関連支出:住宅家財等の取こわし又は除去のための支出、土砂等の障害物の除去
費用、住宅家 財等の原状回復費用(資産の損失の金額に相当する金額を
除く)、住宅家財等の損壊又は価値の減少を防止する費用、住宅家財等の
被害拡大又は発生を防止するため緊急に必要となる支出
(イ) 損害金額の求め方
差引損失額の計算要素である損害金額は、原則として被災する直前に
おける資産の価値(時価)に基づいて計算します。すなわち、被災前後
における資産の時価の差額が損害金額となります。
しかし、資産の時価を算定することは困難であることも多いと考えられること
から、図表5の方法によって損害金額を計算することができるとされています。
この方法により雑損控除を適用する場合には、「被災した住宅、家財等の損失
額の計算書」を作成します。
図表5 損害金額の計算
●取得価額が明らかな場合●
住宅、家財、車両 |
(取得価額-減価償却費の累計額)×被害割合*1
⇑
耐用年数:資産の種類に応じた耐用年数×1.5
償却方法:旧定額法 |
●取得価額が明らかでない場合●
住 宅 |
{(1㎡当たりの工事費用*2×総床面積)-減価償却費の累計額}×被害割合 |
家 財 |
家族構成別家財評価額*3×被害割合 |
*1,*2,*3 被害割合、1㎡当たりの工事費用、家族構成別家財評価額は、国税庁ホームページに
公表されています。
②災害減免法による所得税の軽減免除
災害により住宅又は家財について、その価額の2分の1以上の損害を受け、
かつ、その年の合計所得金額の見積額が1000万円以下の場合には、その年
の所得税が軽減又は免除されます(図表6参照)。
図表6 災害減免法による所得税の軽減免除の概要
対象となる資産 |
(a) 資産の所有者
●納税者本人
●納税者と生計を一にする配偶者その他の親族
⇑
総所得金額等≦38万円
(b) 次の資産で、損害金額*1が価額(時価)の2分の1以上で
あること
●住宅:自己又は扶養親族が常時起居する家屋(2か所以上
も可)、その家屋に付随する倉庫、物置等(別荘は対象外)
●家財:日常生活に通常必要な家具、什器、衣服、書籍等の
家庭用動産(書画、骨とう、娯楽品等は対象外)
|
軽減免除の金額 |
所得金額*2の合計額 |
軽減・免除される所得税の額 |
500万円以下 |
全額 |
500万円超 750万円以下 |
2分の1 |
750万円超 1,000万円以下 |
4分の1 |
|
繰越控除制度 |
なし |
*1 損害金額:保険金や損害賠償金等により補てんされた金額を除く。
*2 所得金額=繰越損失控除後の総所得金額+分離課税の所得金額
③個人住民税の取扱い
住民税においても雑損控除の適用を受けることができます。前年分の所得税
の確定申告で雑損控除を適用していれば、自動的に当年分の住民税で雑損控
除が適用されます。一方、所得税で災害減免法による所得税の軽減免除を選択
し、住民税で雑損控除の適用を受ける場合には、住民税の申告が必要です。
また、各自治体は、条例に基づいて住民税を減免することができるとされてい
ます。条例に基づく住民税の減免を受けるには、自治体に減免申請を行います。
なお、所得税では、雑損控除と災害減免法による所得税の軽減免除のどちら
かを選択することになりますが、住民税では、雑損控除と条例に基づく減免措置
を併用することが可能です。
(3) 事業用資産の災害損失の取扱い
① 取扱いの概要
災害により個人の事業用資産が被害を受けた場合の税務上の取扱いは、図
表7のとおりです。
② 損益通算
①の取扱いの結果、事業所得、山林所得又は不動産所得(事業的規模である
場合に限ります)が赤字となった場合には、その赤字の金額は他の各種所得の
金額から控除します。
③ 純損失の繰越控除
事業用資産の災害損失のうち、②の損益通算をしてもなお引ききれない損失
の金額(純損失)がある場合には、翌年以後3年間繰り越すことができます。ただ
し、損失が生じた年分の確定申告書を期限内に提出し、その後において連続し
て確定申告書を提出していることが要件となります。
なお、通常の雑損失の繰越控除は、青色申告書を提出していることが要件とな
りますが、この被災事業用資産の損失の繰越控除は、白色申告であっても適用
されます。
図表7 事業用資産の災害損失の取扱い
被害を受けた資産 |
税務上の取扱い |
固定資産 |
(a)取りこわし、除却、滅失による損失
●損失の生じた日の属する年分の必要経費
(保険金、損害賠償金等により補てんされる
金額は除く)に算入する。
(b)修繕して利用する場合
●原状回復費用:支出した年分の必要経費に
算入
●被災前よりも資産の価値を高め、又はその
耐久性を増すこととなる場合の支出:資本的
支出として資産計上
●原状回復費用と資本的支出との区分が明
らかでない支出:30%を原状回復費、残額
を資本的支出とすることができる。 |
同一生計親族等の固定資産 |
自己と生計を一にする配偶者その他の親族の有する固定資産又は繰延資産を事業の用に供しており、その資産について災害損失が生じた場合にも、上記と同様の取扱いとなる。 |
棚卸資産 |
商品や製品等が滅失した場合や著しく損傷した場合には、損失の生じた年分の必要経費に算入する。 |
(4) 納税の猶予
災害により被害を受け、国税を一時に納付することができない場合には、申
請により納税が猶予されます(図表8参照)。
なお、猶予期間に対応する延滞税は、全部又は一部が免除されます。
図表8 申請による納税猶予
(a) 損失を受けた日に納期限が到来していない国税
要 件 |
●災害により全積極財産のおおむね20%以上の損失を受けていること
●損失を受けた日以後1年以内に納付すべき国税であること |
猶 予 期 間 |
●納期限から1年以内
(予定納税に係る所得税、中間申告に係る消費税は、確定申告書の提出期限まで)
●納期限が延長されている場合((1)参照)には、延長後の納期限から1年以内
|
担 保 |
不要 |
申 請 手 続 |
「納税の猶予申請書」を所轄税務署長に提出 |
添 付 書 類 |
●財産の種類ごとの損失の程度等の被害状況を記載した「被災明細書」
●納税の告知がされていない源泉所得税等の猶予を申請する場合:所得税徴収高計算書等の事実を明らかにする書類 |
申請書の提出期限 |
災害のやんだ日から2か月以内 |
(b) 損失を受けた日に既に納期限が到来している国税
要 件 |
財産について震災、風水害、落雷、火災その他の災害を受けたことにより、国税を一時に納付できないこと |
猶 予 期 間 |
●原則1年以内
●猶予期間内に納付できないやむを得ない理由がある場合には、申請により期間を延長(既に認められている猶予期間と合わせて2年以内)できる。 |
担 保 |
次の場合を除き、猶予にかかる金額相当の担保が必要
●猶予金額100万円以下
●猶予期間3か月以内
●担保を提供できない特別の事情がある場合 |
申 請 手 続 |
「納税の猶予申請書」を所轄税務署長に提出 |
添 付 書 類 |
●災害などの事実を証する書類
●「財産収支状況書」(猶予金額が100万円超の場合は、「財産目録」及び「収支の明細書」
●担保の提供に関する書類
●納税の告知がされていない源泉所得税等の猶予を申請する場合:所得税徴収高計算書等の事実を明らかにする書類 |
申請書の提出期限 |
特になし(速やかに) |
(注)同一の災害について、(a)と(b)を併用することにより、最大3年間の猶予を受けることができます。
(5) 予定納税の減額
災害により被害を受けた場合には、確定申告を待たずに予定納税の額を減額
することができます。
予定納税の減額には、所得税法に基づくものと災害減免法に基づくものがあり
ます(図表9参照)。
図表9 予定納税の減額
法 令 |
災害を受けた日 |
減額申請の内容 |
所得税法 |
1月1日~6月30日 |
6月30日の現況により、その年の所得金額と税額を見積もって、7月15日までに第1期分及び第2期分の減額を申請する。 |
7月1日~10月31日 |
10月31日の現況により、その年の所得金額と税額を見積って、11月15日までに第2期分の減額を申請する。 |
災害減免法 |
7月1日~12月31日 |
災害により住宅又は家財について、その価額の2分の1以上の損害を受け、かつ、その年の合計所得金額の見積額が1,000万円以下の場合には、その年の所得金額と税額とを見積り、災害があった日から2か月以内に減額を申請する。 |
②おわりに
①のほか、大規模災害が発生し、その災害による被害が甚大である場合には、
災害ごとに特例法や国税庁の個別通達による特例措置が設けられることがあり
ます。
(例)
★東日本大震災:東日本大震災の被災者等に係る国税関係法律の臨時特例
に関する法律(震災特例法)
★熊本地震:平成28年熊本地震に関する諸費用の法人税の取扱いについて
(法令解釈通達)
※詳しくは、笠原会計事務所まで、お気軽にお問い合わせください。
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